沙川貴大『非平衡統計力学』(共立出版)

注文して楽しみにしていた沙川貴大先生の『非平衡統計力学』(共立出版)が届いていたので,取り敢えずザッと通して読んでみた.非平衡統計力学の教科書としては藤坂博一先生の『非平衡系の統計力学』(産業図書)に古本屋で偶然出会って重宝していたのだけれど,何分25年ほど前の本なので「ゆらぎの定理」関連などそろそろ新しい知識を仕入れてみたいのと,「情報熱力学」の解説というレアな側面があったから沙川先生の本を購入した.「情報熱力学」は生態学モデリングでも暗に使用されているが,何分皆よく分かっていないので等価のモデルに別々の名前がついたり,「情報熱力学」が応用された形の理論になっていることすら自覚がなかったりするからだ.私も独学で苦労しているところだったので,こういう教科書が出たのは大変有り難い.

 

この本が深く読み込めるようになるのには,今は私のモデルに関して「伝わる表現」を習得して全面的にリファインする為に非常に基礎的なところから学習し直していることもあるので,それはまだずっと先だが,ザッと読んだ感想はある.マクスウェルのデーモンの話がずっと出て来るが,これは仕事をすることなく熱力学系エントロピーを減らすことが出来るのではないかと疑われていた思考実験だった.結論から言えばデーモンは情報を蓄えるメモリと考えられるので,メモリを時間発展させるには仕事が必要で,その下限値は相互情報量に関する量となる.つまり,その分だけはデーモンも仕事をしなければいけない訳で,熱力学の第二法則は崩れないということだった.大腸菌の走化性シグナル伝達がその例として挙げられている.ただ,デーモンが取り出せる最大の仕事はその相互情報量に関する量以下なので,ここで『魔法少女まどか☆マギカ』に関する新しいコンセプトが出てきそうだ.即ち,キュゥべえはこの世界を「メモリ」として上位存在に仕事を渡していて,その為に感情の機微の調整に躍起になっている.そして相互情報量がとてつもなく大きそうなまどかはキュゥべえの格好のターゲットであるということだ.上位存在が茶番劇でどんどんエネルギーを吸い上げていることには恐怖を覚える(?).

 

そんな話はさておき,この本自体は読者を意識して大分手加減して書かれているので,パッと見は大変わかりやすい.意欲のある高校生でも読める筈である,ということに関しては,第1章「イントロダクション」,第2章「非平衡系の熱力学第二法則」,第4章「情報熱力学」については確かにそうであるかも知れないが,第3章「ゆらぎの熱力学」に関しては式変形の雰囲気といろいろな記号の多用で流石に大学の物理学を学んでいないとちょっと苦しいのではないかと思った.それでも,初学者から研究者に至るまで面白いテーマがてんこ盛りだと思った.またこの本に帰ってくる時が楽しみで,アホみたいな感想を呟いている暇はない.