放送大学のライブWeb授業「社会物理学と歴史文学の視座」を受講した.まとめておかないと忘れそうなので,以下にまとめる.なお,以下の内容は講師の先生の話された内容をまとめたものであって,私の意見ではない.読んだ方はいろいろ言いたいことがあると思う.私もそうだったが,レポートは授業の要約を前半,言いたいことを後半とする課題だった.それを全てネットに晒すのはルール上よくないので,授業の要約だけを下に示す.
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本授業は都市スケールにおけるヒートアイランド現象などの都市気候学,人間の生活空間のパッシブデザイン,建築スケールにおける建築室内環境における省エネルギーと快適性の予測,人間―環境―社会システムのモデル化などのテーマを中心にした研究に基づいている.そこでは地球スケールから人間スケールまでの空間スケールの異なる現象をそれらの相互作用に基づき単一のフィールドで見ることを試みている.ただし,連成系は小スケール系に対して長さスケール比相当の時間を観察する必要があり,計算量が膨大になるので適当なドメインだけを切り出して後は境界条件で考慮し,計算機資源を節約する.授業の内容は,大雑把に言えば人間―環境―社会システムのモデル化についてで,人間の意志決定,環境の操作,社会の形成が主なテーマになっている.それらを解析するには進化ゲーム理論,マルチエージェント・シミュレーション,人工知能などの複雑系の科学を用いる.
具体例として,まず地球環境問題や都市環境問題について述べる.1997年12月に採択された京都議定書では先進国の温室効果ガス排出量について法的拘束力のある数値目標を設定しているが,温室効果ガスとしてはCO2, CH4, N2O, HFCs, PFCs, SF6などが挙げられる.これらの温室効果による大気温度の上昇は,温室効果ガスの分子が放射熱を吸収することにより起こる.地球温暖化対策としての京都メカニズムでは国と事業者が参加して共同実施,クリーン開発メカニズム,排出権取引により市場原理を活用することが模索されているが,基本的には各国の自助削減が想定されている.前述した温室効果ガスのうち,一分子当たりの吸収する熱量と存在量の積が一番大きいのはCO2だが,上昇程度の相関からCO2濃度の上昇とともに地球温暖化が起こると一般には信じられている.しかし,16万年前と現在とのデータを比べると同じ40 ppmvほどのCO2濃度の上昇に対して前者では10°C近く,後者では1°C近くの上昇となり,計算が合わない.そのため,CO2濃度の上昇により地球温暖化が起こるのではなく,地球温暖化によりCO2濃度が上昇するとも考えられる.
さらに,地球温暖化には測定ポイントのバイアスによる都市のヒートアイランド現象の効果もおそらく含まれている.ヒートアイランドに関しては年平均の上昇が100年で2.4°Cほどで,年間熱帯夜数も日本各都市で増加している.ただ,排熱の影響と建築物の高層化によるラフネスの増大が大気拡散を妨げる効果,自然地被の減少による潜熱置換能の低下の影響との定量的な関係はまだ定まっていない.それにも関わらず,都市の緑化などが,費用対効果が明らかでないまま施策として先行している.そこで定量性を解析するため,都市キャノピー空間内の伝熱プロセスの再現に重点をおいた1次元のAUSSSMで都市高温化抑制手法として想定されている因子(メソスケールモデルでは評価が難しい自然地被の蒸発や,空調システムの性能,建物形状,建物断熱性能,内部発熱量,屋上芝生,植栽など)を漏れなく考慮し,直交表を用いた実験計画法で系統的な数値実験を行った.これは多数回数値実験の試行が可能な計算負荷の小さいモデルで,有効性がある.その結果,空調システムのタイプがヒートアイランドの程度に一番寄与することが分かった.
具体例その2として,社会効率性と効用について述べる.社会効率性の評価と私たちの効用構造は,実際の行動・行為データに関しては顕示選考法,仮想の開発・事業データに関しては表明選考法で解析出来る.授業では表明選考法のうち主に選択型コンジョイント分析が取り上げられた.これはマーケティング分野で利用される実験計画法で,統計的な分析が行われる信頼度の高い方法であり,事業によってもたらされる様々な効果を貨幣価値として評価出来る.例えば高速道路,空港,新幹線などの交通に関する事業や都市再生の計画を評価し,国土の均衡的な開発と環境の両立が本当に指向されているかどうかを判断する助けになる.そこでの貨幣価値が,税金の無駄遣いかどうかを考える指標になる.コンジョイント分析を行わなくても例えば新幹線なら新幹線に並行する在来線が第三セクターになり,近隣住民の交通の便が悪くなったり,高速道路なら道路4公団の国家予算の何割かに相当する巨額の未償還債務や新規建設予定区間の総事業費,地方空港なら処理能力を遥かに下回る利用の度合い,交通機関間の役割分担を考慮していない開発計画など,現実の開発の問題点は多々考えられる.新福岡空港施設整備事業のコンジョイント分析ではACCESS, TAKE-OFF, NOISE, NATURE, COSTの5つの属性について3レベルでの分析が行われ,35種類のプロファイルは直交配列で27種に縮約され,線形の効用関数と条件付きロジットモデルにおける理論的選択確率からパラメータを推定して限界支払意志額を算出し,現状のままという事業案が空港拡張や新空港建設の事業案よりもより支持されるということが示された.属性の中ではACCESSが圧倒的に重要視されていることも示された.このように,線形重ね合わせを前提に効用構造の可視化が行われた.
一般的には効用には逓減があり,人の感覚は物理的刺激が増すと逓減するというウェーバー・フェヒナーの法則も知られているが,効用に関しては効用関数の各戻り値の期待値を基準に意志決定されるというフォン・ノイマンとモルゲンシュテルンの期待効用仮説がある.期待値からは評価出来ないリスクの評価には効用逓減や期待効用仮説の考え方が有効になる場合があり,リスクプレミアムが算出される.リスクプレミアムはヴェネチアなどで始まった海上保険のアイデアにも適用でき,契約者の損失が完全に保証される完全保険や,プレミアムを補償額で除したものが生起確率と等しくなく保険学的公平の概念も出て来た.実際の保険会社は利潤を得るために,保険学的公平からはずらした商品を,どうずれているのかを分かりにくくした形で提供している.
具体例その3として,ゲーム理論を挙げる.ゲーム理論とは合理的意思決定や合理的配分方法のための数学理論で,様々な分野に応用されている.フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンがそのはしりで,ハルサニ,ナッシュ,ゼルデンらが非協力ゲーム理論でノーベル経済学賞を受賞した.最適戦略にミニ・マックス定理が適用されるゼロサムゲームと,様々なジレンマ状況を生み出す非ゼロサムゲームがある.2人2戦略対称ゲームでは,双方が協調行動を採った時の利得をR,一方が裏切り行動を採った時の裏切り側の利得をT,協調側の利得をS,双方が裏切り行動を採った時の利得をPとすると,T-R<0, P-S<0のジレンマなし(trivial)ゲーム(パレート最適とナッシュ均衡が一致),T-R>0,P-S<0のチキン型のジレンマがあるチキンゲーム(パレート最適とナッシュ均衡が一部不一致),T-R<0, P-S>0のSH型のジレンマがある鹿狩りゲーム(パレート最適とナッシュ均衡が一部不一致),T-R>0, P-S>0のチキン型・SH型両方のジレンマがある囚人ジレンマゲーム(パレート最適とナッシュ均衡が不一致)がある.
基本的にはゲームに参加するエージェント集団は無限で,集団内では完全な混合が起きていると仮定する.これを時間方向に繰り返すと進化ゲームを考えることが出来る.血縁淘汰,直接/間接互恵,ネットワーク互恵,群淘汰などの社会粘性が無ければ裏切り合いが均衡になるが,社会粘性があると匿名性が減じられて協調の創発の余地が出る.公共財の多人数ゲームでは利得構造として増幅係数,協調者数,ゲームサイズを考慮して2人ゲームと同様に囚人ジレンマでパレート最適とナッシュ均衡の不一致,チキンゲームで併存平衡,鹿狩りゲームで双安定,ジレンマなしでパレート最適とナッシュ均衡の一致が示せる.これはワクチン接種のモデル化にも応用出来る.集団免疫には公共財的性質があるが,それはワクチン接種率が増加した時に達成され,それにただのりするフリーライダーが増えれば集団免疫にはならず,感染症が蔓延する.ワクチン接種者は接種コストを払うことには注意を要する.C(協調)戦略として免疫獲得済のワクチン接種エージェントV,D(裏切り)戦略として感受性エージェントS,感染エージェントI,免疫獲得済の回復エージェントRを考慮したSIR/Vモデルでは,戦略適応方法にFermi関数によるpairwise比較を用い,トポロジーはBA-SFネットワーク,補助金の対象としてエージェントの戦略3種(C戦略,D戦略,MIX戦略)とエージェントのトポロジー3種(ハブ,末端,ランダム)の9つの組み合わせを考えると,シミュレーションされた条件ではハブにおいてMIXとC戦略がD戦略よりも最終感染者のサイズが小さく,D戦略の協調率は他の2つよりも著しく小さくなった.これはハブのD戦略は隣人に真似されやすい一方,ハブは隣人数が多いために協調率が高くなり,その隣人がC戦略を真似しやすいためである.ただ,ハブではD戦略はMIXとC戦略に比べて社会平均利得が良く,ワクチン接種率は低くても最終感染者サイズは小さい.そのため最も効率的に感染症を抑えられる.ただ,相対ワクチン接種コストが低く補助金サイズが小さい現実的な条件を考えると,末端に配った方がハブよりも最終感染者サイズ,社会平均利得とも成績が良く,ワクチン接種率も高くなる.よって,相対ワクチン接種コストと補助金サイズの条件次第で結果は異なる.
さて,シミュレーションとは,フォン・ノイマンに起源を持ち,マルチエージェントシミュレーション(MAS)としてはセルオートマタ(CA)によるものもある.例えば,個々の自動車エージェントを自己駆動粒子として扱い,系全体の様子を再現するものである.これはマクロな支配方程式が所与でないところにミクロな関係を当てはめて計算するものである.一方,CFDは連立支配方程式が所与の数値計算と呼ばれるものである.MASの一例として交通渋滞のモデルを考える.交通渋滞には自由に交通が可能な自由相,多少の制限はあるが比較的自由なメタ安定相,自動車の密度が高まり速度が遅くなる高密度相,そして渋滞相の四相がある.マクロモデル(流体近似)はオイラー的で,ミクロモデル(自己駆動粒子動力学)はラグランジュ的だが,両者は数学的には等価である.CAモデルでは時空間を離散化し,輸送される物理量も超離散化し,粒子のローカルな運動ルール(acceleration, slow to start, quick start, random braking, avoid collision, moving forward)を規定し,体積排除効果を考える.密度とフラックスの関係を表した基本図からは現実の四相が再現出来る.ここでゲーム理論を導入し,車線変更をしない戦略を協調,する戦略を裏切りとすると,協調戦略のみでは四相と相転移が再現されるが,裏切り戦略のみでは何台かの組で走るプラトーン走行が破壊される.ここで(最大フラックス−平衡フラックス)/最大フラックスを社会効率性とすると,自由相と渋滞相でそれはゼロとなり,メタ安定相では跳ね上がり,高密度相では密度に従って漸減する.自由相では中立ゲームが,高密度相では囚人のジレンマが,渋滞相では裏切り支配のジレンマなしゲームが見られるようになる.さらに,CACC搭載自動運転車両と手動運転車両の混在系交通流にみる社会ジレンマを考える.CACCではプラトーン走行が効率化に効いて,完全にCACCなら輸送効率は手動よりも高いと考えられるが,混在系ではそのメリットが減少すると思われる.実際,低密度域では手動運転によるナッシュ均衡と社会最適の一致が見られるが,中密度域ではナッシュ均衡と社会最適が不一致のジレンマが見られる.その為,CACCの社会的な導入には,移行状態を維持するインセンティブとして補助金や税制などが必要になるかも知れない.ただ,CACCにはドライバーの負担軽減などモデルでは考慮されていない要素もある.
最後に,都市問題を歴史的に捉える.『旗本三嶋政養日記』の三嶋氏の本所石原町の上屋敷周辺の建築物の歴史を例にすると,天正年間には人の住まない低湿地だったのが寛文年間には開発が始まり,安永年間には武家屋敷があり,安政年間には三嶋氏上屋敷があり,明治初頭には地租改正で地割が出来て関東大震災で被災したのちに区画整理があって下町が形成され,東京大空襲を経て小さい建築物からなる下町へと変貌した.この時の街区平均敷地面積の時代推移からどの事象がどの程度街区変遷にインパクトを及ぼしたかが明らかになった.