【追記あり】シン・ウルトラマン考【ネタバレ注意!】

【ネタバレ注意!】

 

2022年5月13日に日本で公開された樋口真嗣監督の映画『シン・ウルトラマン』は,今でもヒットを続けています. 『シン・ウルトラマン』は1966-1967年にTBS・円谷プロダクションが制作したTVシリーズウルトラマン』をベースにしています.映画は1966年に円谷特技プロダクションとTBSが制作したTVシリーズウルトラQ』に登場した怪獣たちのエピソードを前日譚に,『ウルトラマン』シリーズの第1話『ウルトラ作戦第一号』のエピソードを踏まえた上で(主人公の死亡とウルトラマンとの融合を踏まえ,新たに戦闘の影響から子供を庇って主人公が亡くなり,ウルトラマンが主人公と融合を果たして助けた設定.利他的な行動が,個で行動して来たウルトラマンの興味を惹いた.)第3話『科特隊出撃せよ』からネロンガ,第9話『電光石火作戦』からガボラ,第18話『遊星から来た兄弟』から外星人ザラブ,第33話『禁じられた言葉』から外星人メフィラス,第39話『さらばウルトラマン』から外星人ゾーフィとゼットンが登場しています.TVシリーズにあったような当時のサヨク的世界観のテーマはそのままに,怪獣や宇宙人とのバトルを見世物にするスタイルはそのまま踏襲されていましたが,リアリティを改善してより現代風で現実的なアレンジが施されていました.さらにシュールなコメディ要素も添加されていました.その精神は映画『シン・ゴジラ』にも通じるものがありました.軽い気持ちでカメラアングルやアクションを楽しむレイヤーや,裏設定を考えるレイヤーなど,複数のレイヤーを同時に楽しめます.

 

ストーリーの構造としては,ラストで地球人の生物兵器としての利用を阻止する為に太陽系を消滅させようとするウルトラマンと同郷の「光の星」の使者ゾーフィとゼットンを登場させることから逆算して,メフィラスやザラブとのエピソードが効果的に配置されていました.ガボラネロンガは,環境問題と絡んだ生物兵器というものの在り方を結果的には提示するものになり,それが高度な科学技術をバックに地球人を殲滅して地球侵略を企むザラブや,地球人に技術供与をして文明の発展を促すと同時に自らは上位存在として地球人を支配し,その生物兵器としての資源性を独占管理するメフィラスのストーリーに繋がって来ました.最終的にはゾーフィがメフィラスを追いやり,将来的には危険な地球人を太陽系ごと天体制圧用最終兵器のゼットンで消滅させようとし,ウルトラマンがそれに二度挑戦して何とか排除しますが,自身は次元の狭間に落ちて命を落とします.そして,ウルトラマンと分離した主人公の神永が目を覚ますところで,終劇となります.

 

オリジナルのウルトラマンシリーズでの地球人と「光の国」との対立は,最近では『平成ウルトラセブン』で地球防衛軍の「フレンドシップ計画」,つまり「地球を攻撃する意図を有する知的生命体がいる惑星を先制攻撃することで地球を防衛する」(どこかで聞いたような話ですが)という計画を巡って起こり,宇宙の掟を破って地球人を守ったウルトラセブンが馬頭星雲に幽閉されるということがあったそうですが,最近のウルトラマンシリーズの内容はよく把握していないため,詳しくは知りません.ただ,「光の星」が地球人には兵器転用の可能性があるという理由だけでこれを太陽系諸共消滅させてしまおうという設定は,円谷プロダクションにはない『シン・ウルトラマン』独自の新機軸でしょう.こういう「外星人」と「地球人」の感覚のズレが,この映画のメインテーマの1つになっています.これはTVシリーズウルトラセブン』にも通じるものです.

 

ザラブが狡猾な侵略者であることに対しては世界史上にも似たような事例がたくさん見受けられましたが,メフィラスもそうです.メフィラスは,表向きは地球人の文明の発展を助けるようではいましたが,自らがそれを(兵器として)独占管理することで利益を得ようという,植民地主義帝国主義的な世界観を持っています.それがレヴィ=ストロースの『野生の思考』を読み,文化人類学的な思考に触れていたウルトラマンとの対立を迎えます.『野生の思考』を初めとした構造主義では,先進的な科学文明の他にいろいろある文化や文明のそれぞれに価値を認め,あらゆるイデオロギーを相対化してそのような文化や文明の発展を見守っていくべきことが主張されています.それはそのような文化や文明の情報が織りなす構造の解析結果を根拠に現れて来た考え方です.これは現代では数学や言語学,生物学,精神分析学,文化人類学社会学,文芸批評などの根底にある考え方です.それに触れて地球人の考えに接したウルトラマンは,事態の推移を地球人の自由意志に任せるべきだとメフィラスに提案しますが,地球人の方はそれとは裏腹にメフィラスの提案を受け入れようとします.これはオリジナルのエピソードで地球を売ったりはしないという少年のエピソードとは食い違い,ここから『シン・ウルトラマン』独自の展開になります.そこで主人公の属していた禍特対のメンバーがメフィラスを阻止しようと立ち上がります.この一件もあり,最終的にゼットンが現れた時に,ウルトラマンはゾーフィの言うような地球人の殲滅という安直な方法ではなく,自身の持つ科学技術の一部を地球人に公開することで,半分はサポート,そして地球人の半分自発的な行動をも促して事態の解決を図ることになります.オリジナルシリーズの最終回でゼットンが地球人の開発した「ペンシル爆弾」で最終的には倒されたことにも,「ウルトラマン」というヒーローからの自立を促す意図があったと思われます.『シン・ウルトラマン』ではそれを踏まえ,ウルトラマンの論文を元に地球人が導いた計算式から「ベーターカプセルを点火してから1ミリ秒以内にゼットンを殴る」という脳筋のようなユーモラスな結論を実行してラストを迎えました.最後に映画館での視聴者がウルトラマンから解放された神永目線のカメラアングルで目覚めることで,「ウルトラマン」からの脱却,観客は娯楽空間を抜けて現実世界へ戻ること,などをメタに暗示させていました.

 

小ネタも随所に散りばめられていて,例えばTVシリーズで着ぐるみをパーツに分けて換骨奪胎していたのをそのまま映像の表現形式として取り入れたり,それが怪獣が生物兵器であるが故のことであると言う科学的な理由まで示されていました.ウルトラマンの人形が空を飛んでいる時の異物感も,不可思議な異星人の挙動としてそのまま生かされていました.また,カメラアングルも空想特撮映画ということで変わったものが多かったです.メフィラス星人にはメフィラス耳があり,5万光年もはなれたところでしゃべっているわる口がきこえるという途方もなく大変な人生を送っていそうな設定がありましたが,それはヒロインがメフィラスを罵るのをメフィラスが直ぐに聞きつけて謝罪と共に嫌な動画をメフィラスが全て削除するという小ネタに生きていました.こういうネタが他にもたくさんありました.キュゥべえのマグカップも登場しましたし,特撮好きにも一般の人にも笑えるポイントがたくさんありました.



科学考証としては,メフィラスのベーターシステムの跡を追いかける際に,その残り香はデジタル情報では表されず消せないのでそれを辿る描写がありましたが,それは微妙な設定でした.嗅覚情報は確かに視覚情報や聴覚情報よりは複雑なシステムで認知されます.ヒトでは396種類,マウスでは1130種類の嗅覚受容体が化学物質を認識して情報を与えることで嗅覚が成立しています.しかしそのシステムがデジタル情報に変換出来ない訳ではありません.リガンドとなる化学物質の構造の情報,受容体からの入力情報は視覚や聴覚より複雑な情報になるというだけで,将来的には充分に計算機で再現可能な範疇でしょう.他の恒星系から太陽系まで簡単に移動できるという原理が全く不明な手段を持つ外星人から見れば,残り香の対策をするのはおそらく朝飯前だと思われます.

 

『シン・ウルトラマン』により拡張されたウルトラマンシリーズの「記号」が,構造主義という翼を得てどう拡張されているのかは見ものです.というのも,構造主義自体が記号の挙動を精細に解析することで理論付けていくものだからです.

 

【追記】『シン・ウルトラマン』のストーリーを程よくダイジェストした解説動画がありました.少し長いですが,ご参考までに.


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