未来を創る経済学入門

放送大学の面接授業「未来を創る経済学入門」を受講した.まとめておかないと忘れそうなので,以下にまとめる.

 

まず,「歴史に学ぶ経済学入門」と同じくカール・マルクスの視点「批判的精神」「俯瞰的視点」「地獄への道は善意によって敷き詰められている」の3点を念頭に置く.「批判的精神」とは資本主義を利用しつつ共産主義も導入することで,マルクス自身は市場を否定しておらず,否定したのは後の共産主義国家であることを抑えておく.「俯瞰的視点」とは,物事には正の作用と負の作用があり,物事を為す時はその双方を考慮することである.「地獄への道は善意によって敷き詰められている」は言葉の通りの意味である.

 

まず貨幣とは何であるかについて述べる.貨幣の存在理由としては取引をするもの同士の欲望の二重の一致を効率的に実現するためであることが考えられる.ここで貨幣の三機能とは,交換機能,価値尺度機能,価値貯蔵機能である.貨幣が通用する理由としては金貨や銀貨などお金自体に価値があるという貨幣商品説,強い権力が法律で制定するという貨幣法制説があるが,それを包含する概念として信用の連鎖で成り立つことが考えられる.ただ,恐慌やハイパーインフレーションの元では信用が低下する.第一次大戦後のドイツ,第二次大戦後の日本,ジンバブエベネズエラなどでその例が見られた.新しい貨幣としては電子マネークラウドファンディング,暗号資産などがある.仮想通貨は中央銀行が管理する貨幣など噂で信用が低下するものよりも一般的に安定性が高いと言われる.国家や銀行に頼らない信用が売りである.

 

お金を稼ぐには,モノ/コトの違いを見つけることが重要であり,これが資本主義の原理である.GDPとは国内総生産のことで,1年間に生み出された付加価値の総量であり,それまでに生み出された国富と対峙させられる.生産額=支出額=売上額の三面等価が前提である.売れ残りは在庫投資として換算される.ただ,家事などのシャドーワークは考慮できない.GDPの増加が経済成長である.資本主義の基本原理から見た経済史としては商人資本主義(物やサービスを安く仕入れて高く売る),産業資本主義(安い生産要素で高く売る),金融資本主義(時間の差異を利用した金貸しで儲ける)の3つの主義を考える.資本主義の汎化により近代資本主義が生まれ,資本主義の地理的な浸透と生産要素の市場化が起こって価格メカニズムが作用した.価格メカニズムが作用しないとソ連社会主義経済のような末路になる.

 

近代資本主義成立後の展開としては格差の拡大などの市場の失敗があり,その是正の為に社会主義福祉国家論が生まれた.後者からは中産階級が生じた.1970年代になると経済成長が行き詰まって財政赤字が拡大し,小さな政府への転換と市場化の拡大が図られた.レーガノミックスサッチャリズムなどがその例だ.理論的にはミルトン・フリードマンらの新古典派経済学がそれらを支えた.1990年代のソ連崩壊後は新自由主義が興隆した.2000年代になると市場化は加速し,日本では郵政民営化,派遣労働の拡大などの労働市場のさらなる市場化が起こった.そして途上国へも資本主義が拡大し,グローバル資本主義が生まれた.しかし資本主義が成熟すると,以前は非効率的な概念に対する対応が取られていたところを,その知識が忘れ去られて資本主義自体が自壊するケースも見られるようになった.市場化の1番の問題は格差の拡大だが,クズネッツの逆U字仮説によれば経済成長で経済全体が押し上げられてトリクルダウンが起こり,格差がむしろ縮小されると言う.ただ,これにはいろいろ問題点も指摘されている.また,格差是正の弊害としては移出や会計操作などによる租税回避がある.基本的にフロンティアの消失により経済成長は限界を迎えるので,地理的フロンティアの消失と技術革新の困難さに直面すれば行き詰まりを迎える.それで金融資本主義が台頭したが,リーマンショックでそれは破綻の兆しが見えている.

 

金融には2つの手段があり,それらはデット・ファイナンスとエクイティ・ファイナンスである.デット・ファイナンス機会費用を利子の根拠とし,好景気だと利子率を上げ,貨幣の需要が下がって不況となり,利子率を下げて貨幣の需要を上げ,好景気となることの繰り返しである.だから公定歩合が重要となる.エクイティ・ファイナンスではファンダメンタルズによる企業の将来利益の予想から株価が上下する.ただ,金融資本主義にはバブルや金融危機などの問題がある.人々の予想という実体のないものが経済を動かしてしまい,経済が混乱に陥ることである.17世紀のオランダのチューリップバブルが世界初のバブルである.1980年代には日本でも土地のバブル景気があった.2007-2009年の世界金融危機ではアメリカにおける金融の高度化が背景にあり,アメリカン・ドリームとして住宅価格の上昇に着目されてこれに複雑でトレースしにくい証券化技術の活用を加え,住宅価格が下がり始めると投資銀行の倒産などのサブプライムローン問題からの金融危機が起こった.飽くなき金儲けの追求が背景にあり,負債を返済出来ないような人にまで融資がされた結果である.相手が見えない融資だとこうなる.

 

資本主義批判にありがちな陥穽としてはゼロ成長論,アンチ・キャピタリズム,超平等主義などがある.ただし,これらは格差の固定化やグローバルに捉えて経済が貧しくなるなどの害がある.経済的成功をしたからと言って必ずしもそれは個々人の能力によるものではなく運の要素も大きく影響しているのは当然で,トマ・ピケティ『21世紀の資本』などでそれが詳細に検討されている.世襲資本主義,利潤最大化,経済のカジノ化などがキーワードとなる.ポスト資本主義社会の構想のためには持続可能かつ現実的な選択肢をとる必要がある.バングラデシュムハンマド・ユヌスはグラミー銀行の総裁として五人組を基調とした無担保の少額融資であるマイクロクレジットや,利益を社会に還元するソーシャル・ビジネスを実現した.そして融資を受けた人の6割が5年以内に貧困を脱出した.顔の見える金融として実体経済とも繋がった.また,ヨーグルトのプロジェクト,眼科病院のプロジェクト,ソーラーパネルやバイオガスのプロジェクトなど,弱者を扶けるプロジェクトを次々に行なっている.

 

イスラーム世界では,イスラーム金融が機能している.BANKとは異なるISLAMICでは,原則として利子は禁止,ギャンブルも禁止され,デット・ファイナンスは存在しない.そもそも欧米のエクイティ・ファイナンスの元となったのがイスラームの伝統的なシステムであるムダーラバで,株式のようだが株価はなく,預金者や銀行と会社が損益を共に分担するシステムであり,顔の見える金融として共同で事業に取り組む.

 

日本においては,新井和宏が投資の肝として徹底的に読まない,社会的に意義のある会社のみに均等に投資し,株価の増減に合わせて会社間の平均化の為の調整をするなどのオーソドックスな指針をとる一方で,投資先の若手を中心とした社員面談や会社の将来展望のリサーチを行い,また投機は数字と実体が乖離するとして行わない方針をとって特集が組まれた.

 

社会に良いこと=ボランティア・無償であるという考え方を変えることが,この講義の最終的な狙いである.