種の保存

「人間は生物学上,種の保存をしなければならず,LGBTはそれに背くもの」という意見が自民党内から出たようですね.

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/6d2aa21defc80840458e815ffc855bc541b302c7

 

これは何重もの意味で誤りと言っても良さそうですね.

 

第一に,「生物学的な適応度と人間の価値判断をごっちゃにしている」ということが挙げられますね.生物学的には自分の遺伝子を引き継ぐ子孫を出来るだけ多く残す方が適応度が高いとされますが,それと人間が何を是とし,何を非とするかは一致する訳ではありません.上記の言説は,例えばハンディキャップのある方々を淘汰する優生思想にも繋がり兼ねません.LGBTやハンディキャップのある方々などに社会の中でどういう役割を持って頂くかは,生物学的淘汰とは別個の問題で,人間の価値判断として許されるものです.

 

第二に,「種の保存」という概念自体が古いもので,現在の生物学では明確に定義出来ないことがあります.自然選択は個体にかかりますが,「種」に関する選択はたとえあったにしても数千年から数百万年の単位でかかるもので,普通の解析方法では捉えるのは難しく,工夫が要ります.そのような「種の保存」という概念が一個人の行動を厳しく制限するということを確実視する根拠はまだありません.概念間のギャップが大きすぎます.

 

第三に,自然選択のかかっているヒト以外の動物にLGBTはいないのかと言うと,完全に一致するかどうかは分かりませんが,生物学的な同性でのカップリングの報告は千五百種近くの種で多々観察されています.

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%90%8C%E6%80%A7%E6%84%9B

 

これを生物学的に認められないものと強弁する根拠は理解出来ません.

 

第四に,アフリカの類人猿のボノボでは同性間での性行為に類似した行為で個体間の緊張を和らげ,宥和的な社会を形成することに役立っていることが知られています.近縁種のチンパンジーでは群れ同士が出会うと敵対的になり,強い群れが弱い群れを虐殺して滅ぼします.ボノボはそうせずに緊張を緩和する方法を持っており,ボノボチンパンジーとは異なりボノボたる所以の一つとなっています.つまり,ボノボにとっては同性間の性行為が生物学上意味の大変ある可能性すらあるのです.ヒトではどうなのかはさて置き.

 

ざっと並べてみただけでも,これだけの問題を「人間は生物学上,種の保存をしなければならず,LGBTはそれに背くもの」という発言は孕んでいます.そういう状況の概念を,法律の制限で不自由にするのは大きな疑問の湧く所です.