「「種の保存のための進化」はどこが誤りなのか」考

2022年3月20日東北大学の河田雅圭先生が「「種の保存のための進化」はどこが誤りなのか」という記事をnoteにupされていた.「種の保存」のために生物が進化することはないということを主張されていた.

 

https://note.com/masakadokawata/n/n41079da12807

 

折角なので,軽い査読風にこの記事での論理展開について少し書いてみようと思う.

 

  1. 本文では「集団にとってはプラス(集団の維持や保存)に働くが,個体の生存や繁殖にはマイナスに働く性質が,集団にとって有利だということが原因で進化することは少ない」とされている.これを認めた時点で,現在可能な観測スケール上では少ないものの,集団レベルでの選択はあることを認めていることになる.その集団は「種」ではないというが,それは河田先生が本文中で取り上げている種の定義(生物学的,系統学的,形態学的な種概念)とは異なるということで,何をもって「種」と呼ぶかは形式上の問題でここでは重要ではない.また,「実際に絶滅したり,分岐したり,再形成したりしている集団(分集団,地域集団,メンデル集団,デームなど)は「集団の括り方」によって定義された種ではない.」とされているが,分集団,地域集団,メンデル集団,デームなどもそれらの定義に基づいた「括り方」で定義された集団である.生物学的,系統学的,形態学的な種概念ではないというだけで,「集団の括り方」が定義されない集団というものは適切な定義の下では存在しない.集団の定義の中に,その括り方は含まれているべきである.ここでは集団レベルでの選択があるかどうかが自然科学的に重要なことで,それは既に認められているということである.

 

  1. 集団レベルでの選択が少ないということは,主に生態学的な時空間スケールでの話である.それとはオーダーの異なる地質学的な時空間スケールの話ではない.ところで,「種」の話は短くても数千年,普通は数万年から数百万年のオーダーの話である.これだけスケールが異なると短い期間ではちょっとした違いが増幅されて大きな違いになり得る.生物学的には検証は難しいが,物理学なら化学反応においては主に強力な電磁気学の世界であるのが,天文学的なスケールでは弱い重力の世界になるという状況と似ている.それを否定するのには何故そのアナロジーが成り立たないかを説明しないといけないが,本文では形態学的種に関して地質学的なことがちょっと出て来るだけでほとんど触れられておらず,時空間スケールとダイナミクスの関わりはほとんど議論されていない.

 

 

 

その他雑多なこと:

  1. ネアンデルタール人のゲノムが現在のヒトにも受け継がれているので,両者を生物学的種概念で区別出来るかどうかは疑わしいとのことが書かれているが,これは単なるintrogressionと見るのが普通であるので,両者が交雑可能というのとは異なる.一方の種のゲノムの全部ではなく一部が別種のゲノムに侵入するということで,完全な交配ではない.交雑しても,その形質のほとんどはヒト由来のものになるということだ.これはよく起こる.ネアンデルタール人とヒトのゲノムの例が生物学的種概念の曖昧さの例とされているのにはかなり違和感を覚える.輪状種などの方が例示としては適切だと思われる.
  2. 統計物理学では集団レベルでは個物のレベルでは現れない性質が創発して現れることもあるが,集団の持つそういうメタな効果をどう考えているのかは本文からはよく分からない.

 

 

全体として,「「種の保存のための進化」に関してはどこが不明瞭で,議論の前提にすべきでないのか」ということなら話は分かるが,「「種の保存のための進化」はどこが誤りなのか」まで述べると現時点では少し言い過ぎのような気はする.それを声高に主張しないといけない理由はよく分からない.本文中に出て来る中野信子さんや福岡伸一さんは確かにトンデモの部類に入るが,実験生物学者としては名高い小林武彦さんまで同列に議論する必要性もよく分からない.かなり偏った見解のようには見受けられる.