圏論の世界

青土社現代思想の7月号は『圏論の世界』の特集だった.自分とはあまり関わり合いのない世界だけれど,数学や論理学,計算,言語学,自然科学とは密接に関わり合い発展している世界なのは分かった(芸術学,哲学との関わりは自分には良く分からなかった).圏論集合論との違いは後者においては全ての集合からなる集合は最早集合にならなくなるのに対し,圏は対象に集合1つ1つを持って来て集合の間に射を取れば集合のなす圏を作れるというように,論理的に扱いやすくなることがある.また,集合論は基盤から論理を厳密に積み上げて行く傾向があるのに対し,圏論は興味のある構造だけを簡略に記述出来る傾向などがある.さらに異なった理論も対応付けて統一的に理解出来る可能性がある.圏論の応用例として,偏屈層の分解定理は素粒子の生成理論としての意味もありそうで弦理論にも関わるし,3-Lispは無限に続くインタプリタの階層構造の元になり得る概念である.

 

圏論は圏自身が内包する対象と射の他に圏と圏との間の関手,関手と関手の間の自然変換を含めて,対象同士の関係性を抽象化してまとめて扱えるのが良いところである.例えば生物学なら,今までは分子生物学によって分子を同定し,注目している事象が形而上学ではなく現実に観察されるオブジェクトとして存在することを中心にして瑣末なノイズを排除する形で事象の本質を捉えることを可能にして来た.それが例えば細胞間コミュニケーションに関する分子だったとしよう.コミュニケーションとしての形はその分子を介しているかいないかという定性的な話,分子シグナルの強さという定量的な話が先ず考えられる.しかしそれ以外にも信号の間隔,持続性,波形などや,シグナル分子間のフィードバックやフィードフォワードなど,シグナル間の様々な関係性がある.さらには人間の言語のようにシグナルの要素の組み合わせが何某かの意味をメタに内包しているかも知れない.そういったことを考慮するに際し,以前紹介した『生物記号論』の本にあるように何かモヤモヤした気持ちを持っている人は生物学研究者にもある程度たくさんいると思う.そのような人たちの何らかの道しるべに圏論がなるのではないかと期待している.