『スワンの恋』評

プルーストの『失われた時を求めて』第一篇『スワン家の方へ』第二部『スワンの恋』に関して簡単にまとめました.

 

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スワンの恋』では,スワンの恋の進展を通して社会と人間の在り方の深層が描かれている.それと同時に「芸術」のテーマの重要性も考察されている.『スワンの恋』は作家志望の「私」の精神的な遍歴を辿る大長編『失われた時を求めて』の一部で物語内物語として独立性を持ち,大長編自体の雛形となっている.冒頭では上品な社交界の一角で高級娼婦など裏社交界の人物も登場し,その滑稽でグロテスク,悲壮な実相が描かれる.スワンは社交界の花形だが,パリのサロンのピンキリを自ら体験し,力の差や馬鹿げた自恃,虚栄心に満ちた主催者とそれに嘘を含んでも追従する参加者たちが存在することを垣間見る.しかしスワンは裏社交界の人物,オデットに興味を持つ.スワンはオデットが「虚栄心に満ちた主催者とそれに嘘を含んでも追従する参加者たち」の関係の中にあり,スワンのようなエリートたる本当の芸術愛好家に対しては冷淡であることを認めながらも,次第に惹かれていく.スワンは並外れた女好きであり,征服欲があり,不誠実や嘘偽り,秘密につきまとわれながら,オデットという格下の女に屈辱を味わわされる.ヴァントゥイユ作曲のソナタに関する偶然やオデットの容姿がボッティチェリのある女性像に似ていることなどから,その恋は揺るぎないものとなるが,それは己が心中のイメージでオデットそのものではない.そのような虚栄心と想像力の入り混じった空虚さ,単なる自己愛の現れから恋は不在の相手を求める「病」のようなものとなる.なかなかオデットの「真実」に辿り着けないことがスワンの嫉妬心を生み,それが社交界全体の在り方にも通じるものとなる.スワンはオデットに対して優位にあった過去の自分にも嫉妬し,「人生を何年も台なしにしてしまった」とまで言わせしめる.ある極端な相の恋愛観だが,その一方で芸術が時を超えて人にはたらきかける力がヴァントゥイユ作曲のソナタを聴くことをシグナルとして現れ,虚無が真実でも崇高な囚われとともに無に帰することで死も克服できるという感慨がスワンには生まれる事になる.