『アンナ・カレーニナ』評

トルストイアンナ・カレーニナ』に関して簡単にまとめました.

 

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アンナ・カレーニナ』は「不倫小説」で,物語中では主人公のアンナが20歳年上の夫カレーニンとの結婚生活に飽き足らず近衛騎兵ウロンスキーと不倫の愛を愛でるが最後には鉄道自殺を遂げる.だが風俗的作品というよりは,宮廷詩人の時代からあった騎士の捧げるべき婚姻外の愛が基礎通念としてある.そういう意味で西欧文学の正道で,ペテルブルクの社交界から田舎の農作業に至るまでの社会小説的なリアルなディテール,性愛や家庭生活の意味,人間の生死に関する思索が伺える.人の人生そのものを描いたと言える.その壮大さから欧米では「ぶよぶよ,ぶかぶかのモンスター」と言われる.物語中でのアンナの成長とカレーニンの没落は対比され,エピグラフの「復讐するは我にあり.我これに報いん」からはアンナが神に罰せられる存在でありながらもそのドラマに作者自身が引き込まれていったことが伺える.要約を拒む緻密性も魅力である.清らかな愛に基づいた家庭生活を田舎の自然な環境で送ることを理想とする生真面目なレーヴィンはトルストイの代弁者であり,思想的にさまざまな視点と根源的な矛盾としての実社会的要素が用意されている.「肉」と「精神」との矛盾である.イギリスの政治思想家バーリン古代ギリシャのアルキコロスの「狐はたくさんのことを知っているが,ハリネズミはでかいことを1つだけ知っている」という言葉を出発点に,ハリネズミのように世界を1つの原理によって説明して自分の1つのヴィジョンの強力な枠組みの中に統合しようとするタイプの典型がドストエフスキーで,狐のように世界の多様性を受け入れ多彩な現実をその多様性において享受できるタイプの典型がモーツァルトプーシキンとしている.そしてトルストイは自分をハリネズミだと思いたがる狐だとしている.そういった複層的な魅力が表現されているのが『アンナ・カレーニナ』である.