『緋文字』評

ナサニエル・ホーソーン『緋文字』に関して簡単にまとめました.

 

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ホーソーン『緋文字』にはアメリカの魔女狩りの歴史,ピューリタニズムによる抑圧,作家自身の先祖への思い,近代個人主義プロテスタンティズム,19世紀の超絶主義との関係,英米の小説作法の違いなど多岐にわたる読み筋がある.登場人物の緻密な心理描写により普遍性を生み出している.冒頭は税関のシーンで,語り手も税関の職員である.そこで語り手が出会うへスター・プリンという女性の記録から,舞台は200年前の17世紀のボストンへと移る.そこでは姦通罪の刑期を終えたへスターが胸に姦通(adultery)を表すAの文字をつけられ,晒し者になる.しかしへスターは裁縫の仕事に打ち込みながら幼子を育て,徐々に人々の信頼を勝ち得ていく.へスターは社会に尽くすことを第一に本性を押し殺して生きようとし,そこに聖的なものが連想される.一方娘のパールにはイノセンスと共に「魔性」のようなものが宿り,その行動や言動は深い意味をもつ.へスターと関係をもった聖職者アーサー・ディムズデールの前では警告も発する.彼はへスターの相手であることを隠されたまま真実が言えず,次第に精神と身体を荒廃させていく.へスターの元夫のロジャー・チリングワースは冷酷で不寛容であり,ピューリタニズムを体現し,元夫であることを世間には隠したままへスターの体調管理を引き受け,彼女に苦痛を与える.そしてアーサーの体調悪化がロジャーを招き寄せ,ロジャーは真実を知る.アーサーはロジャーがへスターの元夫であることを人間の秩序と理性が及ばない魔界としての森でへスターから知らされ,へスターはさらに行動力に満ちた女性へと変貌して国外逃亡を計画する.それにパールが警告を与え,結局アーサーは逃亡直前に感動的な演説をぶった後で罪を告白し,胸に刻まれたAという文字を聴衆に晒した後で絶命する.「罪」が明白なテーマである小説だが,それは単純な悪ではなくむしろ聖性もあり,「回心」が描かれる.この事件の痛みはホーソーンの先祖が関わった魔女裁判を彷彿とさせ,ホーソーン自身の痛みとなった.イギリス流の社会小説ではなくアメリカ流の個人小説で,そうしたロマンスが描かれている.