ウイルスの感染力を高め,日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見?

今回は,批判的に論文を読むことについて少し紹介します.

 

「ウイルスの感染力を高め,日本人に高頻度な細胞性免疫応答から免れるSARS-CoV-2変異の発見」という研究のプレスリリースがあったようです.

https://www.amed.go.jp/news/release_20210616.html

元論文は

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1931312821002845

 

研究の概要を抜粋します.「本研究では、流行株の大規模な配列解析により、HLA-A24によって認識されるエピトープ部位の変異、Y453FとL452Rを同定しました。Y453F変異は、HLA-A24から逃避し、感染受容体ACE2への結合性を高める能力を持ちますが、この変異を持つB.1.1.298系統は、昨秋のデンマークでの一過的な流行以降に収束しました。一方、L452R変異は、HLA-A24から逃避するのみならず、感染受容体ACE2への結合性を高め、ウイルスの膜融合活性を高めることによってウイルスの感染力を増強させることを明らかにしました。L452R変異を持つ流行株として、カリフォルニア株(B.1.427/429系統)とインド株(B.1.617系統)が知られています。現在、カリフォルニア株の流行規模は減少傾向にありますが、本研究の展開後、同じL452R変異を持つインド株が出現し、現在「懸念すべき変異株」のひとつとして注目されています。」

とのことです.実際,論文ではY453FとL452RでCD8+ T細胞の作用が弱くなることがデータで示されています.

 

ここまでの話を読んで,おかしいなと思ったことはないでしょうか.専門知識が無くても分かります.

 

そうです.カリフォルニア株とインド株は同じL452R変異を持つのに,一方は流行が縮小し,もう一方は流行が拡張しています.つまり,SARS-CoV-2の感染の流行には,CD8+ T細胞による細胞性免疫の果たす役割は大きくなく,未知の別のファクターが流行動態に深く関わる,というのが一番素直なデータの読み方になります.あまり重要でないことに着目していることになるので,論文の論旨が崩れてしまいます.このことについては元論文でも全く触れられていません.大体からして,Spikeタンパク質で全てを説明しようとするのが誤りだと言っていいでしょう.他にも重要なタンパク質はたくさんあります.

 

Twitter上では,「去年以前から流行していたコロナウイルスが、なぜか他の人種と比べて日本人に流行しにくかったのか、その原因を突き止めたのと、今流行している変異株でこれが効かなくなっている原因が分かったらしい」という紹介がありましたが,その後半部分は元論文のデータからは上記の考察で結論出来ないことになります.前半部分については,論文のプレスリリースにも元論文にも新型コロナウイルスが日本人に流行しにくい原因を突き止めたとは一言も書かれていません.そもそもそんなことあったのですか?こんな情報がそのまま拡散するのがtwitterです.批判的な論文の読み方は出来なくても,せめて論文に書かれている情報だけを記述して書かれていないことを勝手に付け加えないことを心がけるべきだと思われます.