小さい頃の石段の思い出

小さい頃,お寺や神社の石段の段一つ一つが大きいので,そこを足を大きく上げながらうんとこしょ,どっこいしょと上っていた.そういう記憶を呼び起こしてくれるのが,『君たちはどう生きるか』で主人公の眞人がこれから住む邸宅の入り口に続く石段を上がって行くシーンだった.石段の形やその摩耗のされ方,そこを上っていく眞人の動き一つ一つが,そういう記憶を丁寧に喚起させてくれるものだった.こういう描写はもちろん映画の中でそれだけではなく,パラレルに幾つかある描写がバトンタッチしながら2時間まるまる続いていく.こういう体験をさせてくれるアニメ映画は宮崎駿作品だけだった.宮崎駿作品を安心して見ていられるのは,そういうことが常に保証されているからだ.

 

一方,同じジブリ作品でも『ゲド戦記』だと,そういう描写以前にキャラクターがベタ塗りで陰影すらろくに与えられていない,劇場版アニメとは思えないクオリティーになっていた.『もののけ姫』の衝撃から10年弱でここまで表現が劣化するものかと,ガッカリした.アニメの場合,実写のような客観性に欠けるので表現を一つ一つ主観的に意識していかないといいものは創れないと思うのだけれど,同じスタジオでもそういう違いはあった.丁寧に創り込まれたアニメはそれだけで感応してくれる観衆は大勢いると思った.お寺や神社の石段を見るたびに,そういうことを思い起こしそうだ.