【追記あり】「新型コロナワクチンで死者9割以上減」という記事に関して

産経新聞のサイトに,西浦さんの「新型コロナワクチンで死者9割以上減」という記事が出ていたようです.

 

www.sankei.com

 

元論文はおそらくこちら.

 

www.nature.com

 

ここまで来ると,単なるデマとしか言いようがありません.識者の意見は,「実験室内でのよくコントロールされた実験調査ではないので,純粋なワクチンの効果だけを抽出することは出来ない.ワクチンは効果があるともないとも言えないというのがフェアな意見だ.」ということです.以下,その理由です.

 

まず記事上のキャッチーな内容に反論すると,「(令和3年2-11月)期間の実際の感染者は約470万人、死者は約1万人だったが、ワクチンがなければそれぞれ約6330万人と約36万人に達した恐れがあるとしている。」としていますが,SARS-CoV-2の動態のキチンとしたモデルはまだない筈で,定量的な評価は基本的には出来ないとみた方が良いです.

 

西浦さんは有効数字2-3桁で評価出来ているとしているようですが,そもそも2020年の第1波段階で死者数が42万人になると予想されるので人同士の接触を8割減らすべきだとしていました.実際にはそこまで接触が減ったとは考えられないのに,死者数は900人あまりでした.ワクチンがまだ出回らない状態でのモデリングも不適切な単純化をしたせいで上手く行っていないのに,ワクチンも考慮したさらにややこしいモデルの結果を信じられる筈はないというのが自然な流れです.

 

元論文を読んでも,推定の95%信頼区間が推定値を結んだただの線と区別出来ないくらい小さいものとして算出されているのに,実効再生産数は実測値がバラバラです.西浦さんの考えているようなごく単純なモデルで何故そこまで信頼区間が小さくなるのかが不明です.さらに,年齢構成,住所と職場での移動度の不確かな推定,日祝日以外の社会的交絡因子の効果を全て「ワクチンの効果」と読みかえるという,到底受け入れられない仮定もしているようです.人の感染防御に対する行動様式は他にもいろいろあるでしょう.他にも,以前Xでポストした内容を改変して挙げておきます.

 

この西浦さんたちの論文,日本のSARS-CoV-2に対するワクチンの予防接種の因果推論で2021.2-2021.11の感染者数が6330万から470万に,死亡者数が36.4万から1万に抑えられたとなっています.論文本文内にはcausal inference(因果推論)という文字がざっと見た引用文献にはその表現が1つありますが,イントロでその他多くの研究とまとめて引用として使われているだけでした.どうやらcounterfactual model(反事実モデル)をもって因果推論としているようですが,counterfactualなのはreproduction number(再生産数)だそうです.そんな見積もりの怪しいところ(論文内でそのブレが正しく評価されていないように見える)を用いて因果推論をしているのでは,果たしてこの結果を信用していいのかどうかが分かりません.西浦さんたちの出すモデルは実態と齟齬が出るほど極度に単純化していることが多く,定量的には信頼できない(定性的にはモデルなしでもわかることが多い)ので,あまり深く考えない方がいいとアドバイスを周囲から受けています.

 

昨日のポストでSARS-CoV-2の再生産数の見積もりが怪しく,そのブレが評価されていないことの背景を全く理解されていない方がおられますが,西浦さんはウイルス学の分野では基本的に「山師」という評価が定着しています.

 

いろいろなエピソードがありますが,今回のSARS-CoV-2の再生産数の話だけに限ると,再生産数というものはそもそもモデルに指数的な影響を与えるため,その値がちょっと違えば出力は全然違う値になり,評価が大変難しいです.

 

再生産数には基本再生産数と実効再生産数があり,前者は感染症に感染した1人の感染者が誰も免疫を持たない集団に加わったときに直接感染させる人数の期待値です.後者は感染個体がすでに存在するかもしれない現在の集団内で一感染個体により直接生み出される感染個体数の平均です.ただ疫学データから実効再生産数を推定しようとすると,そこにはウイルス自体の自然増加率の他に一過性の免疫状態,ワクチンの効果があるのは勿論で,人々の感染症に対する予防の行動など,社会的な要素で無視できない効果を持つものも多数交絡しています.そこから「純粋なワクチンの効果」のみを抽出してなかったことにするのは,ほとんど不可能と言っていいほど難しいことです.アウトプットだけを見ても,その詳細はいろいろ考えられるのでなかなか分かりません.

 

そこが推論の1番の問題なのに,それをある値にえいやっと決めてしまって,ワクチンの効果が十分高い前提で計算してワクチンの効果が高かったと結論づけるのは,トートロジーのように思えます.1番の問題の解を勝手に自説の都合の良いように決めつけてしまっているのですから.問題が何も解決していないにも関わらず,そうした反事実モデルをもって「因果推論」として,現実のワクチンの効果自体が因果推論にかけられたように吹聴するのは,「山師」と言われても仕方がないでしょう.それはあくまでもワクチンの効果が自分たちの設定通りに十分高い前提での話なのですから.

 

問題が何も解決していないにも関わらず,そうした反事実モデルをもって「因果推論」として,現実のワクチンの効果自体が因果推論にかけられたように吹聴するのは,「山師」と言われても仕方がないでしょう.それはあくまでもワクチンの効果が自分たちの設定通りに十分高い前提での話なのですから.こうしたことが度々あるので,「山師」という称号が出回っています.

 

ここまで来ると,単なるデマとしか言いようがないことがご理解できれば幸いです.

 

【追記】一番の問題は,新規感染者数が何故下がり始めるのかがよく分かっていないことですね.ワクチンの普及前からそれは観察されていました.