ガリヴァー旅行記

スウィフト『ガリヴァー旅行記』に関して簡単にまとめました.

 

おとぎ話的要素の作品への利用

動物が人間と会話して人間的な理性を持っているというおとぎ話的要素が,人間の引き立て役に回っていた動物が人間を貶める側に立つという設定へと利用されている.また,空中浮遊する島というSF的設定は科学的問題を熟考して常に空中浮遊するがごとくの上の空の住民を擁し,科学が常に陥る危険がある空理空論への皮肉となっている.不死の人間は生ける屍状態の老人を生み出し,長寿社会への皮肉となっている.巨人国の巨人というおとぎ話的要素は人間の醜悪さを,小人国の小人というおとぎ話的要素は人間の愚行を皮肉っている.

 

語り手と作者の関係

ガリヴァー旅行記』は元々理性の称揚と啓蒙の時代である18世紀イギリスで書かれたもので,その時代に生きた作者スウィフトの現実はガリヴァーの物語にも反映されている.人間の非理性的な部分,あるいは理性の対極にあるむきだしの野生,理性を利用する事による腐敗,堕落,非合理的になるなど理性の邪悪さへの皮肉である.ただしそれが笑いを伴うことに,ガリヴァーを客観視しているスウィフトの主人公へのある程度の距離が感じられる.この距離感がロマン派の出現への鍵となる.

 

ヤフーの絶滅の方策への話し合いが現実の世界に持つ意味

ガリヴァーは馬のフウイヌムと同化してヤフーや人間を嫌悪するようになったが,スウィフトは “A Modest Proposal” (1729) でアイルランドの窮状を訴えそれを救済しない当局への皮肉として,アイルランドの貧民の赤子を1歳まで養育し,富裕層に美味な食料へと提供することを提案している.つまりこれは諷刺文書で,スウィフトがガリヴァーと自らを完全に同一化している訳ではない.

 

スウィフトの伝記的要素の反映

スウィフトは18世紀という理性の時代に,理性的言語を通して,理性の腐蝕を表現した.スウィフトの職業上の遍歴や政論家としての活動と挫折,歴史学を踏まえた執筆が,スウィフトの作品の人間性や非人間性への洞察,屈折した作風へと繋がったと思われる.例えばガリヴァーリリパットの宮殿の火災を小便で消し止めるエピソードは不適切な作法で善事を行うというトーリー党の違法な和平条約の隠喩とされる.リリパット国とブレフスキュ国の争いはイングランド国教会カトリック教徒の争いを,ラピュタは王立協会とニュートンを揶揄している.

 

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今回の「ヨーロッパ文学の読み方―近代篇」の講義では,ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の第十四挿話,「太陽神の牛」での古代から執筆当時までの英語の文体の推移の再現の話が出て来た.呪術的言語から18世紀の平明な英語,そして1904年当時の俗語・略語・隠語・卑猥語に満ちた日常会話への推移である.科学や理性上の簡便さの立場からは,語法は段々洗練されていく訳でもないというのがそのミソだった.