表現型の安定化の重要性

前2投稿に関して, 私がワザとそういう書き方をしたことも原因だけど, 伝わっているかどうか疑問なので, 今回は生物学実験をするに当たっての実験材料の表現型の安定性について.

 

「iPS細胞は細胞株ごとに特徴があるため...」

 

という論述を聞いて, 常識的な研究者はまずその細胞株の樹立の際, 現在取られている方法では元々の細胞に何らかの遺伝的変異が入った結果, 元は同じでも実験ロットによって別々の変異がある為に細胞株ごとの違いが出て来るのではないかと疑う. エピジェネティックな変異は細胞を培養し続けていると培養環境に合わせて違いが無くなっていくので, それでも残っているロットごとの特徴は遺伝的変異.

 

1/8の投稿で, 再生医療に使うには最終的にゲノムの変異が無いものを選んでいるという記事があったけど, 実験ロットによって変異があったり無かったりというのは変異を抑えるコントロールが効いておらず, 再生医療時は正常でもその後, いつ変異が起こってガン化するかも分からないということを示している. そのような理解の状況で臨床応用というのは, 基礎研究者から見れば非常に疑問に思われる. 変異の無い細胞株の樹立が難しい上にコントロールも効かない状況だというのが窺われる.

 

そもそも多細胞生物の細胞を取り出して自由に増殖可能にするという, 細胞株の樹立自体がガン化に似たプロセスを辿る実験になっている. ガン化に際してはガンの自己増殖能力が上がるという意味で細胞周期制御因子の変異の他に, 自己の有利になるような変異が起こり易くなる為, DNA複製やDNA修復因子の変異を持つことが多い. ガン化と突然変異率の上昇には密接な関係があり, ガンはその大元の細胞ごとに特徴がある. 基礎研究では普通有用な細胞株が取れても, 表現型が安定しなければそもそも真面に解析すら出来ないので, 表現型の安定化した株を何とか手に入れようといろいろ工夫する. 見ている遺伝子とは別の遺伝子に変異が入った影響が解析結果に現れれば, それを勝手にチャンピオンデータとして取扱い, 自分の気に食わない本来のデータを捨てて誤った論文を出してしまう可能性が高いからだ.

 

私も再生医療の研究者では無いので業界の雰囲気は間接的にしか聞いていないのだけれど, 常識的な研究者は,

 

「iPS細胞は細胞株ごとに特徴があるため...」

 

と聞いた瞬間に前2投稿の全てが繋がるように聞こえるので, 臨床応用を試している段階でまだこんなことを言っていること自体が信じられない.