チェーホフ短編小説「かわいい」「ワーニカ」「せつない」と戯曲『かもめ』

チェーホフ短編小説「かわいい」「ワーニカ」「せつない」と戯曲『かもめ』に関して簡単に感想を述べました.

 

「かわいい」の主人公オリガの描かれ方

オリガは一貫して愛称形のオーレンカとして呼ばれることで,親しみ深いが子供っぽい人物であることが表現されている.どんな人と結婚しても幸せだが,その一方で考えには全く一貫性がない.主体性はなく,付き合っている男性と同化するのは諷刺的だが,原題の「ドゥーシェチカ」からは優しい気持ちのニュアンスがあるので,そういうオーレンカを暖かく見守っていることが伺える.ただし,彼女の問題は提示されただけで解決されてはいない.

 

「ワーニカ」「せつない」の後日談

「ワーニカ」では,その題名にイワン少年が卑小化されていることが伺え,ワーニカの手紙は結局お爺さんに届くことは無いことが理解出来るので,彼の将来は暗澹たるものになる.ただし,この話はコミュニケーション不全を描く作品なので,物語は完結していてその先を考えることにはあまり意味がない.最後の夢のみがワーニカの癒しとなっている.「せつない」では,イオーナの嘆きは人間には伝わらず,馬を慰めとすることで共感を最終的には得られる.この話もコミュニケーション不全を描く作品なので,物語は完結していてその先を考えることにはあまり意味がない.他者から見ればあまり意味のない癒しのみを主人公が得ることで,不条理さを表現している.

 

『かもめ』と喜劇,悲劇

この作品はチェーホフからは「喜劇」と指定されているが,それは観客が事件の全てを見ることが出来ないという現実的かつ不条理な悲劇を客観的に見れば喜劇のように見えてしまうこともあるということで,その悲劇性をいっそう引き立たせることにもなる.喜劇や悲劇というジャンル分けにはあまり意味がなく,その分け方そのものが諷刺されている.